日本で良く耳にするようになったグローバル化。皆さんは、グローバル化と聞くと何を想像されますか?

日本にいたときは、”グローバル化=英語習得”という、どこから来たかわからない絶対的な何かがあったように思います。

私の解釈では、恐らく、グローバル化する時代に備えるために、英語習得を目指しましょう。という事だと思うんですが、定かではありません。

このグローバル化。グローバル化に備えるために英語だけ習得すればいいのでしょうか?

私は少し意見が違います。

英語はあくまで道具であって、それを使ってこそだと思っています。言語というのは、本当に厄介です。使わないと腐っていくし、初めの頃は使い方がわからず恥もかかせられます。覚えたからって、書く技術、読む技術、話す技術、って違う脳みその部分使っていると思うんです。勿論、全ての技術は関連していると思います。ここで言いたいのは、聞けないから話せない。書けるけど聞けない。ということも、起こりうるということです。

さて、話はずれましたがグローバル化の定義って結局の所何なの?ってここ数年思ってました。

ウィキペディアによると…
「グローバリゼーション(英: Globalization, Globalisation)とは、社会的あるいは経済的な関連が、旧来の国家や地域などの境界を越えて、地球規模に拡大して様々な変化を引き起こす現象である[1][2]。グローバル化ともいう。
「グローバリゼーション」という言葉は、様々な社会的、文化的、経済的活動において用いられる。使われる文脈によって、例えば世界の異なる地域での産業を構成する要素間の関係が増えている事態(産業の地球規模化)など、世界の異なる部分間の緊密な繋がり(世界の地球規模化)を意味する場合もある。」

ということで、別にグローバル化=英語習得が絶対ではないようです。

ただ、1つ言えることは、グローバル化する社会に備えて、世界の共通語…国連の公用語、もしくは使用者数の多い言語=英語、フランス語、スペイン語(中国語)を話せると、持っている道具としては有利ですよね!ということ。

あとは、ボーダレス化する社会にとって、個人的に重要だなぁと思う事は、相互理解の努力と、どんな人に対しても尊敬•尊重だと思います。

グローバル化するビジネスでは、上記の2点に比べて、日本の教育システムにはあまり組み込まれてない、「論理的に考えてしっかりと議論できる力」が要求されると思います。

異なった意見を言われると、人格を否定された気分になると言っていた20代の会社員の方がテレビに映っていました。

人間だから意見が異なるのは当たり前だし、そうでないと楽しくありません。議論のしようもない。同調と、共感だけでは、ビジネスにおいては、良い結果をだすのに、時間がかかってしまうかもしれません。意見が違う人の考えを尊重し理解しようと努力する。これはどのようなシーンにおいても必要不可欠だと思います。

大学内にしろビジネスにしろ、議論する相手が日本語を話せない海外の人であれば、それはツールを使う必要があります。

その点で、英語習得は欠かせません。でも、英語習得がグローバル化の代名詞になっているのは、違和感しかなかったので、こんな記事を書きました。

 

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